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【アラベスク】  第12章 マジカル王子様



第3節 キューピッドの矢の行方 [2]




 瑠駆真が目指しているのは裏門。正門を使って下校しようとすれば、どうしても人だかりに囲まれてしまう。一刻も早く駅舎へ向かいたいと思っている瑠駆真にとって、そのような存在は邪魔なだけ。だから最近は、毎日違うルートを駆使してできるだけ見つからないように下校を試みている。
 美鶴に知れたらまた嫌味の一つでも言われそうだ。
 そんな瑠駆真が今通っているのは、普段からほとんど人気の無い、校舎と校舎の間の脇道。聞こえてくる声は、道の先の、北校舎の向こうから。
 誰だろう?
 声の聞こえてくる方へ向かわなければ、裏門へは辿り着けない。
 厄介だな。誰にも会いたくないのに。
 瑠駆真は足音を消し、できるだけゆっくりと校舎の陰を覗き見た。そうして瞳を揺らした。
 あれは、聡の義妹。
 金本緩は、数人の女子生徒と向かい合っていた。雰囲気は、決して穏やかとは言えなかった。





「とりあえず、お兄ちゃんがいなくなった原因がわかっただけでも大きな進展なんだけどね」
 大きな公園の芝生の脇。ベンチに腰をかけ、美鶴とツバサは隣り合う。下校時、駅舎へ向かおうかどうしようか迷っている美鶴に声をかけたのがツバサだった。
 鍵は聡が持っている。昨日の夜、メールで教えられた。
 返してはもらってはいない。返してくれと聡のところへ向かえば、鍵を人質に取られて一緒に駅舎まで行こうなどと誘われかねない。そんなところを唐渓の同級生どもに目撃されたら、どんな噂が立つことやら。瑠駆真の耳にでも入れば、また変な厄介事でも起こりそうだ。
 だったら駅舎の前で聡を待つ。
 なんだか癪だ。想像してみると、まるで気になる異性を待ち伏せしているかのようではないか。
 気になる異性。
 小さく唾を飲む。
 昨日聞かされた霞流慎二の背負う事情。傍から見れば、我侭(わがまま)で打たれ弱いおぼっちゃんが捻くれて殻に閉じこもっただけではないかと思われるかもしれない。だが美鶴には、そうは思えない。それは、同じように自分も信用していた人物に裏切られた経験があるからだろうか?
 ならば、やはりこの感情は、同情?
 霞流慎二を哀れに思い、手を差し伸べ、逆に弄ばれた女性を、智論は何人も見てきたと言っていた。だから、彼に対して同情心は持つべきではない。もはや彼に想いなど寄せるものではないと言う。
 諦められるのかな?
 自分は振られたのだ。恋心は呆気なく往なされたのだ。それなのにまだ想うのは、ただの未練だ。
 無様だ。美鶴が常日頃から馬鹿にしている類の感情だ。自分を振った男に対してまだ想いを寄せているなどという事が同級生にでも知られれば、それこそ嘲笑の的になる。それはわかっている。わかってはいるけれど―――
「それはわかってるんだけど、でもやっぱりこの先どうしていいのかわかんないと、脱力するなって思う」
 ツバサの言葉が、美鶴を現実へと引き戻す。
「智論さんの話だと、お兄ちゃんは(れい)さんの為に自分にできる事をしようと思ったワケだから、中退したのはその為だと思うんだよね。だけど鈴さんの為にお兄ちゃんができる事ってなんだろうって考えると、全然答えが出ないんだ」
 そこまで一気に話し、あとは大きく息を吐く。
 滋賀から戻ってきて以来、ずっと考えているのだろう。
 自分を変えたいと思うツバサ。嫉妬しながらも憧れている兄のようになりたいと、もがくツバサ。
「その、織笠鈴って人の身内にでもあってみたら?」
 協力などする必要はない。自分には関係ないと頭では考えるのに、どうしてだかそんな発言をしてしまう。
「ひょっとしたら、鈴って人は、なにかやりたかった夢だとか目標だとかがあったのかもしれない。あんたのお兄さんは、それを代わりに叶えようとしているのかもしれないし」
「うん、それは私も考えた」
 ベンチに両手を付き、空を見上げる。秋も深まり、やがて冬が来る。
「でもね、鈴さんが亡くなってからしばらくして、鈴さんのお父さんは仕事を退職して引越しちゃったんだ。安績(あさか)さん、あぁ、唐草ハウスの人から聞いたんだけどね。引越し先もわかんなくって」
「そっか」
 美鶴も空を見上げる。
「きっとさ、そのうち会えるんじゃない?」
 無責任とも取れる美鶴の発言に、ツバサはやや不満そうに反発する。
「それまで待てって?」
「急いで会う必要があるワケ?」
「お兄ちゃんには、聞きたい事がたくさんあるの。それに…」
「お兄さんのようになりたい」
 美鶴の言葉に頷くツバサ。
 風に木の葉が舞う。上着の襟を押さえて通り過ぎるサラリーマン。ブーツ姿の女性もここ数日でかなり増えた。
「別にさ、無理してお兄さんのようになる必要は、無いんじゃない?」
 無言で自分を見つめるツバサの視線をできるだけ見ないようにしながら、美鶴は続ける。
「蔦には好かれてるワケだし、何も彼に変われって言われてるワケでもないでしょう?」
「本当の自分をいつ知られるのかと怯えながら生きていくのは嫌なんだ」







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